静の方

てのひらの迷路

てのひらの迷路

前回読んだエッセイに引き続き、
とんとんとんっと読めるものがいいなと思い、これを選択。
エッセイと物語のまんなかにあるような掌編集です。
石田衣良は先日読んだ本があまり好きじゃなくて、
そういう先入観ありきで読みましたが、これはおもしろかったです。
私はよくサインにつられると前にも書きましたが、
実はこれもサイン本が売られていたので買ったものです。
あまり気に入らなかった「東京DOLL」より先に買っていました。


池袋ウエストゲートパーク」を読んで、
あれはきっと宮藤官九郎がすごかったんだろうという結果を出し、
それ以来別の本は読んだことがなかった私が、
いくらサイン本だったとはいえ、なぜこの本を手に取ったのかというと、
作品どうこうよりも、著者本人がなんとなく好きだからです。
たまにメディアなどで目にすることがあって、
その度にあの淡々とした口調にひきこまれ、
少しずつ好きになったという感じです。(単純ですとも)


石田衣良が若者と話す」という趣旨の番組を観たことがあり、
この掌編のひとつでも取り上げられているのだけど、
その突き離すでも媚びを売るでもない話のしかた、
先入観も常識に捕らわれるところもない話の聞き方に、
私が10代の時に話を聞いて欲しかった大人は、
もしかしたらこういう人だったんじゃないかと思ったんです。
年齢と経験の分、絶対に上にあるはずの目線が上に見えない。
下でもないんです。
もしかしたら間違ってるかもしれないと気付きつつあっても、
意地で言い分を通そうとしてしまう若者なんかには、
あの抑揚のない感じで意見したりするシーンこそありましたが、
それも押しつけるような言い方ではなかったように思います。
私は、10代だったら失敗して間違いに気付けばいいと思っているので、
そう思っているかどうかは別として、石田衣良のスタンスは、
「子供から見て信頼できる大人」に見えるのではないかと感じました。
もしかしたら子供だけじゃなく、
大人にもそういうスタンスで接するのかもしれないけど。


サイン本を目にしたのはそういう風に感じ始めた矢先のことでした。
で、私こそ自分の嫌う先入観に捕らわれた物の見方をしているじゃないか、
と思っていたので、他の本も読んでみようと思い、
たまたま行ったブックオフで見つけて買ったのが、「東京DOLL」でした。
私の場合、常に十冊程度ストックしている中から、
その時の気分で読みたい本を選ぶので、
買った順と読む順が前後するのはよくあることで、
今回もそうなっただけのことでしたが、
今となってはこの順番でよかったような気もします。
もう1冊くらいは読んでみようかな〜。


ここにある掌編たちは、あくまで物語であるという形は残しつつも、
ちらちらと著者の思惑が垣間見えて、
さらりと読めるけど味わい深いものばかりです。
もちろん好きじゃない話も中にはあったけど、
「レイン・レイン・レイン」という雨を好むある男性の話以降、
読みすすめるにつれおもしろくなっていきました。
特にラストでは原稿用紙たった10枚の短い文章なのに、
思わずほろりとしてしまうほど。
あの淡々とした口調が思い出されるので、
著者が嫌いだという人には向きませんが、
私のように作品には興味ないけど、
あの人自身は割と好きだな、みたいな人には合うかもです。